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ぴこつです。


先日、小学4年生のぼくの娘が登校直前に急に泣き出しました。

今までそんなことがなかったのでびっくりして何ごとかと娘に尋ねたところ、

「先生に学級委員を無理やりやらされるから学校に行きたくない」

とのことでした。

また、先生は娘に対して

「学級委員をやらなくてはダメ。おうちの人とも相談してきて。」 

と言ったそうです。

当然、子供の言っているようなそのままのセリフを言ったとは思っていませんが、少なくとも娘はそのようにとらえていました。

ぼくはその時、学校に行かせない選択肢もありかなと思いながらも、まずは自分が冷静になって

「先生が言ったのは〇〇に期待していたからだと思うよ。“やらなくてはダメ”というよりも、〇〇にどうしてもやってほしいってことなんだと思う」

「〇〇がどうしてもやりたくないなら、はっきりと“やらない”と言っていい。それでもまだ先生が納得しないようならお父さんが言ってあげるから、今日はとりあえず学校に行こうか」

と伝えたところ、本人も落ち着いてくれたらしく、その日はぼくが連れ添って学校に向かいました。


過度な期待が裏目に出た

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娘の通う学校では夏休み中の登校日に、夏休みが終わってからしばらく経って席替えがあると告知されていました。
また、そのタイミングで係決めなどが行われるということも事前に決まっていたそうです。


親のぼくもそれは学校の便りで知っていて、さらに夏休みに入るもっと前には娘から

「後期には学級委員をやるつもり」

という話も聞いていました。

しかし実際に係決めの時、娘は学級委員には立候補せず、
そのことについても、娘から聞いていました。

ぼくはその時、なぜ立候補することをやめたのかを娘に尋ねましたが、

「なんとなく」

と答えていました。ぼくとしては本人がやる気がないことを無理してやる必要なんてないと思っていたので、「そうなんだ」とだけ言ってその時は特に問題もなかったんですが…



ぼくの娘は、3年生の時に一度、学級委員を務めたことがあります。
その当時の担任の先生がその働きぶりに大変感心をしてくれたらしく、娘の責任感の強さと将来への期待を今の担任に伝えていたようでした。

先生にそのように思われていることは親としても嬉しいことでしたが…

今回はそのことが問題になりました。

あとで知ったことなんですが、どうやら夏休みに入る直前、娘は先生から直に話をされていたそうです。

その時の話が、娘を「学級委員を辞退」という決断に踏み切らせることとなったんです。

その解釈は教師のおごり

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娘は、登校前に泣いていた日の夕方、思いのほかスッキリした表情で元気に

「ただいま!」

と言って学校から帰ってきました。

ぼくが「どうだった?」と尋ねると

「“やりません!”って言ってきた」

と。

我が子ながら肝が座っているなぁと感心しましたw


その日ぼくは、学校の「連絡帳」に先生に対してメッセージをしたためました。 

内容を簡単に書くと
  • 登校前に先生から学級委員の要請を受けている話を突然聞いたこと
  • 先生から期待を受けていることはありがたい
  • でも親のぼくたちは娘の意見を尊重する
  • 今後ともよろしくお願いします
などです。

・・・が、しかし!

先生からの返事がなんとも釈然としなかった。 

先生からの回答を簡単に書くとこんな感じ。

  • 夏休み前に個人で娘に話をした(この事実はここで初めて知りました) 
  • 昨年度の前任からも娘は責任感が強く、なんでも積極的に取り組んでくれる子だと聞いていた
  • 後期には学級委員を務めてくれることを期待していた
  • おうちの人にも聞いてみたら?と伝えた
  • 本人が「やりたい!」と言えるような声がけや雰囲気づくりをがんばる
ただ、この中で先生が書いていた一文、

「夏休み前に話をした時に『これが君の全力?もっとできるんじゃない?』と言うと泣いてくれたので、学級委員をやりたいと言ってくれることを期待していました」

 が引っかかったんです。


先生は、何に対して“もっとできる” と言ったのか?

勉強?

係の仕事?

前期に学級委員をやらなかったこと?

ぼくには意味不明です。


もう一つ。

“泣いてくれたので”

っていうのは、いいことだったの!?

本人が「なぜその時に泣いたのか?」については先生に勝手に良いように解釈されていると感じました。

先生はきっと「悔し涙を流している」と思われたんでしょうが、ぼくはそうじゃないと思います。

子供の自尊心を育むのは「感謝と賞賛」

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“子供は褒めてこそ育つ”


ぼくはそう思います。少なくともウチの子は確実にそのタイプです。

当たり前ですが、家では娘が何かをしてくれたことに対して常に「ありがとう」と伝えています。
また、自分がやりたいことをやっていることに対しも「イイね!」を言ってあげます。

それはぼくが純粋に「イイね!」と思っているからなんですが、それらの言葉を受けると娘はうれしそうにドンドンやってくれます。

3年生時の担任の先生もそうでした。

いつも学校で子供のすることに感謝し、賞賛し、またぼくたち親にも逐一(もうイイよwってくらいに)報告してくれていました。

そこまでとは言わないまでも、子供は子供で気づいています。

以前、

「今の先生には褒めらたことがない」

 と言っていました。

それを思い返すと、先生の

『これが君の全力?もっとできるんじゃない?』
 
というセリフにも納得です。

きっと、

娘が“できた”ことに対して感謝や賞賛することよりも前に、“できていない”ことにだけ焦点を当てて指摘をしたんでしょう。
 
だから娘は、

その瞬間に後期の学級委員に対する意欲を一気に失ってしまった。

そして泣いたもの決して悔し涙なんかじゃなく、本当に悲しかったんだと思います。

自分が「認められていない」と感じたんでしょう。


他人を変えたければまずは自分から

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先生の解釈が誤りであることはわかったのですが、もう一つ。

先生からの回答に

「おうちの人にも聞いてみたら?と伝えました」

とありましたが、ぼくはこれについてもおかしいと思っていて、

「自分が言っていることは正しいのにわかってもらえていない」

と言っているように感じました。


これは完全に先生の勘違いだと思います。

先生の解釈が最初から間違っているのでどうしようもないといえばそれまでなんですが、

先生は

自分が思っていた答えが返ってこなかったのはなぜなのか?

とは考えなかったのでしょうか?


もしそこで立ち止まって疑問を持てたのであれば結果は違っていたと思います。

少なくとも「親まかせ」の状態にはならなかったはずです。

もちろん、“親が声をかけるべき案件”もあるでしょう。
でも、今回は違います。

先生は、
  • 子供の反応を自分の都合のイイように解釈し…
  • 子供に自分の価値観を押し付けた
だから、子供には全く思いが届かなかった。

「押し付けの教育」をする先生の典型です。

先生には常に
  • その伝え方は正しいか?
  • 子供に思いが伝わっているか?
を考えてほしいと思います。
 

相手が子供でも信用されているかが重要

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最後に、

娘が学級委員の要請を受けなかった本当の理由

を書きます。


実は答えはいたって簡単。

今の担任の先生を助けたいと思えなかったから。


娘は、4年生になってからこれまで数ヶ月の間に自分の中で先生に対する評価を下げ続けていたんです。

  • 生徒を褒めない
  • 生徒に「ありがとう」を言わない
  • 伝え方が下手
  • 服がダサい
  • 結果、生徒に信用されていない
先生がぼくの娘に語れば語るほど信用をなくしていくという、まさに負のスパイラルに入っているんです。

親の自分が言うのもなんですが、先生からもよく言われるように、ぼくの娘は

めちゃくちゃ周りをよく見ています


そして、自分の考えをしっかりと持って、しかも頑固です。

責任感も強い。


そんな子なだけに、先生が言うことにもかなり敏感です。

きっと今の担任の先生のように子供だと思って適当に接していると火傷します。
今回のように…


何度も言いますが、ぼくと妻は常に娘の意見を尊重します。

たとえ今回の学級委員の話のように心変わりがあったとしても、彼女なりの考えがあってのことだと知っています。

だから、先生の言葉を受けて「娘を説得する」ということは一切していません。


それからこの件でぼくは、

先生によってこんなにも子供のモチベーションは変わるのか

と勉強になりました。


これから4年生も後半に突入です。
これからの子供の成長と、先生の子供への接し方を見守っていきたいと思います。





あと、これはついでですが、娘はこんなことを言っていました。

“もし今の担任が3年生の時の◯◯先生だったら学級委員やってたよ”










ちなみに・・・

ぴこつファミリーって何者なの?