成長

『やればできる』の罪

マンガ家nikoのパートナー、ぴこつです。

こどもの時からよく聞いた言葉って、ありますよね?

「やればできる」

って言葉もその一つ。
ぼくらはきっと小さい頃からこの言葉をよく聞いていたと思うんです。

親からも聞いていたかもしれない。
そういえば、ぼくが中学生だった時の先生もよく言っていました。

とても熱のこもったイイ言葉に聞こえますよね!

でも、ちょっと待ってください。

これってホントなんでしょうか?

もしかしたら、すでにこの言葉に理不尽さを感じている人もいるんじゃない?

ので、今日はそれを言語化してみました!

ぜひぜひ、お付き合いください

成功は絶対じゃない

「やればできる」

という言葉を細かくすると、つまりそれは何かの結果に向かって努力すること。

ここでの結果とは成果、成功を意味しています。

ということもできるかもしれませんね。

でもね、ちょっと待ってください。

それってつまり、その結果を得るために努力するんだと言ってますよね?

結果ありき」の努力だとすると、その結果が得られなければ努力そのものが意味を成さなくなってしまう。


ぼくら人間は、割とその”結果”を得ることがけっこう難しいんだってわかっています。


たとえば受験とか就活とか、スポーツの大会でもいいです。


これらは全部「競争」です。

つまり相手がいる。そしてその相手と戦って負ければ、結果は得られない。

そうすると「やればできる」ではなくて、

「やったけどできなかった」

になってしまう。

もっと冷酷かつ端的に言い換えましょう。

「無駄な努力」

・・・ひどくないですか!?
自分で言ってめちゃくちゃ腹立ちますね、これ。

だってそこまで頑張ってきた努力がムダなのか?

って話ですよ。



努力してきたことは自分がよく知っています。

でも、結果には届かなかった。

それってホントにダメなことなんですか?
ぼくはそうは思いません。

最近、中学一年生のぼくの娘が定期テストを受けました。
娘のお友達は親が学校の先生をしているらしく、
テストの点数をとても気にしていたそうです。

どれだけの点数を期待していらっしゃったのかは分かりませんが・・・
どうやら目指していた点数に届かなかったらしい。

するとその子は家で「ウチの子じゃない!」のような事を言われたと言っていました。

さすがにそこまでの罵声を浴びせたとは思いたくないですが、でもそれだけインパクトのある言葉で心を傷めてしまったというのは事実です。

その子の親はきっと、

やってもできなかった

という結果に対して怒ってしまった。

その子にしてみれば、努力はしたはずです。

確かに結果は出なかった。それでも、0点を取ったわけじゃない。
その子なりの頑張りの努力の結果は出ていたとぼくは思います。

勉強はがんばったけど成功はしなかった。


「やればできる」の言葉をかければ必ず成功するというのは残念ながら幻想なんです。


でもその努力は決してムダじゃない!

その理由もお話しします。

成長は絶対する

残念ながら、この世の中には成功が約束されていることは存在しません。

だからこそ、成功という結果を前提とした「やればできる」という言葉は最初から無理ゲーなんです。

じゃあそこまでにした努力はやっぱりムダなのか?

断言します。

絶対にムダなんかじゃない。

何かに向かって努力したのであれば、例えその努力の仕方がまずかったとしても、それは自分の経験になっています。

その努力によって結果は得られなかったかもしれない。

だけど、必ず「成長」はしています。

テストで50点しか取れなかった子が、90点を目指して勉強した。
けれど結果は70点だった。

この時、90点という結果には届かなかった。

では、獲得した70点は失敗ですか


ぼくがその子の親ならば、間違いなく「よく頑張ったね!」って抱きしめますよ。

50点→70点に20点もアップした。

それはその子の努力の成果です。

それは成功ではなかったかもしれないけれど、確実に成長はしたんです。

そう、

つまり成功は絶対なんかじゃないけれど、成長は絶対にできるということ。

その成長を見たら「ムダな努力」なんてこと、あるはずがないですよね。

失敗なんてない

成功が絶対的な物じゃないとしたら、逆に「失敗」はどうなんだろう。

「失敗」もぼくはないと思います。

成功が結果だとしたら、失敗も同じく結果なんです。

「成功」という結果自体にはあまり意味がないということはなんとなく伝わったんじゃないかと思います。

だとしたら、「失敗」という結果にもそんなに意味はありません。

失敗もただの結果に過ぎないと思っておけばよくて、失敗だと思うのなら、その結果だけ受け止めて改善すればいい。

改善をして、努力して、また成長する。


こう話していると、成功も失敗もごちゃごちゃになって言ってることがよくわかんなくなってきましたw


でもだからこそ、そういうものなんだと思います。

成功だろうが、失敗だろうが、受け止め方しだい。
両方ともただの結果なので、どっちとかは多分関係ない。

何回も言うように、結果よりも重要なことは、努力をすれば必ず成長しているという事実だけ。


成功の結果を目指すために「やればできる」という言葉をかざしてしまうと、結果が得られないとわかった瞬間にやめてしまうかもしれません。

そうではなくて・・・

目標として何かを目指すのはいいことだけど、それだけを得るためにがんばるのではなく、自分が成長するためにやる。

言うのであれば

「やれば伸びる」

これだけは約束できます。

成功は自分で決める

成功は絶対ではないと言いましたが、じゃあ成功とは一体なんなのか?
成功なんて存在しないんじゃないか?

ぼくは、成功は自分で決めるものだと思います。

今の結果が成功だったとか失敗だったとか。

他人には本当はわかりません。

本人にしかわからないのだとしたら、本人が決めてしまえばいい。

目標だって、自分が勝手に決めているんだから、成功の条件も自分で設定する。

90点が目標だったけど70点だった。

でも50点から70点には20点もアップした!
だからこれは成功だ!!

と言ったっていいと思います。

その成功を糧にして、また努力して、次の成功を得てしまえばいい。

ムダな努力なんて存在しないんだから、成長しながら、小さな成功を重ねていく


そうすることで階段上に成功体験を登っていくことができます。

きっとその先には、最初に目標とした大きな成功が待っていると思います。


やればできる!

と意気込んで始めたら、できなかったらやめてしまうかもしれない。そうしたら、せっかく続ければ到達できたかもしれないところにもたどり着けないことになる。

そんなのはもったいないですよね。

だからこそ、できなくても成長すればいいと思って、ひたすら努力を続けましょう。


ぼくも、あなたと同じように努力します。そして成長します。


そして今よりも高いどこかで、ご一緒しましょう!



本記事の「やれば伸びる」は
坪田信貴さんの著書「才能の正体」に
共感を得て書いています。
めちゃくちゃ面白いのでぜひ読んでみてください。